イタリア美術を味わうために知っておくべき5聖人

 イタリアで教会や美術館に行ったことのある人はたくさんいると思います。ただ、多くいけばいくほど、心の底で正直「どれも同じような絵なんだよなぁ」と感じた経験がある人、少なくないと思います。過去の僕もそうでした。今回はそんな方に向けた記事です。

 聖人という言葉を聞いたことがあるでしょうか。イタリア語のSanto/aの訳語で、いわば(仏教に例えれば)法然や親鸞などのような”偉いお坊さん”のような位置づけの人達のことです。古くはキリストの周りにいた12使徒、そしてそれ以降歴史的・カトリック的に功績を残した人達が、その後のカトリック教会組織における承認手続きを経てSantoとして認めらてきました。

 聖人をたくさん知るほど、イタリア絵画や彫刻が再び興味深いものへと変わっていきます。誰が製作したのかという視点も大事である一方で、何が書いてあるのかを知れば1つの作品を二倍理解できるようになります。

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聖人

 

  1. San Francesco d’Assisi

 一人目は、サン・フランチェスコです。1200年前後にアッシジに生きた人です。名前から分かる通り、フランチェスコ派の開祖です。彼が登場する作品で最も有名なのは、ジョットがアッシジで描いた一連のフレスコ画です。

 彼の一般的なイメージは「清貧」「謙虚」です。それ故か、サンタ・カテリーナ・ダ・シエナとともに、イタリア全体の守護聖人に指名されています。

 若い頃は騎士になることを夢見ていましたが、商人をしていた父親との不仲等でゴタゴタする中、神とともに生きることに生き甲斐を見出します。アッシジに行くと、バジリカ・ディ・サン・フランチェスコとバジリカ・ディ・サンタ・キアーラ、そしてキエーザ・ディ・サン・ダミアーノに行くことをお勧めします。

  1. San Giovanni Battista

 サン・ジョバンニ・バッティスタは、キリストと年齢が近く、子どもの頃の姿でキリストと一緒に絵画に描かれることも多い聖人です。キリストの洗礼はヨルダン川の中で彼が行いました。キリストがそれを望んだとされています。

 美術における特徴は、貧相な服装です。彼の登場する作品は数々ありますが、シエナのサン・ジョバンニ・バッティスタ洗礼堂にあるロレンツォ・ギベルティやヤコポ・デッラ・クエルチャ、ドナテッロの彫刻がおススメです。

 紀元前に生まれた彼の人生で有名なのは、他人(エロディーアデという女性)の逆恨みによって策略にはめられ、斬首刑にされた場面でしょう。先ほど紹介したシエナの洗礼堂に行けばドナテッロがその場面を彫刻で表現しています。3つのシーンを一種の遠近法を使って1枚の作品の中に表現している、興味深い構成です。

  1. San Pietro

 3人目は、サン・ピエトロです。12使徒のうちの1人で、髭を蓄えている老人の姿で登場するのが一般的です。フィレンツェには彼の生涯を描いたカッペッラ・ブランカッチのフレスコ画があります。マザッチョとパゾリーノが製作を始めて、最後に完成させたのはフィリッピーノ・リッピという作品群です。ちなみに、カッペッラ・ブランカッチにはとてもよくできたマルチメディア・ガイドの貸し出しがあります。確か30分を超えての滞在は出来ないのですが、このガイドのお陰で1枚毎に詳しく知ることが出来ます。

 病人を奇跡的に治療したり、死者を生き返らせたり、キリストの指示に従って近くの湖の魚の口の中にあった金銭を見つけて”悪代官”からの取り立てに困っている人を助けたり、色々な奇跡を彼もおこないました。

 サン・ピエトロという聖人はもう一人います。そちらはサン・ピエトロ・マルティレと呼ばれます。頭に刀が刺さって流血した姿で描かれる、インパクトの強い聖人です。

  1. San Marco

 サン・マルコは、言うまでもなくヴェネツィアの守護聖人です。1世紀前半にいた聖人です。ヴェネツィアのバジリカ・ディ・サン・マルコは彼に捧げられた教会です。絵画においては、サン・マルコは福音書を描いている状態で描かれることが多いです。それに加えて、羽根のついたライオンも隣に描かれます。ヴェネツィアの象徴として有名な「羽根のついたライオン」です。サン・マルコの教えは、ヴェネツィア以外にもエジプトのアレッサンドリア地域、イタリアでもアクィレイアなどの町で崇拝されていました。サン・マルコの遺体はバジリカ・ディ・サン・マルコに現在も変わらず保存されています。

  1. Santa Caterina d’Alessandria

 最後に、サンタ・カテリーナ・ダレッサンドリアという女性の聖人を紹介します。イタリア美術をより楽しむために、という意味では絵画に登場する回数が多いカテリーナを紹介したいからです。

 3世紀の終わりに生まれたとされるカテリーナは非常に頭が良く権力者に対しても遠慮することなく堂々と意見する女性だったと言われています。それ故か、4世紀初めに殉教します。

 彼女は絵画において歯のついた車輪とともに描かれています。この車輪は、彼女が”最初に”処刑され(かけ)たときに使われたとされる処刑のための道具です。このときは、奇跡が起こり彼女は一命を取り留めます。天使のお陰で車輪がまっぷたつに割れ、処刑が執行できなかったのです。しかし、結局彼女は再び捉えられ、今度は斬首刑にされます。彼女は命を落としたわけですが、天使によってその体と頭はシナイ山の山頂に運ばれ、接合された上で棺の中に収められました。

 とここまではすらすら書けるのですが、他の数人の聖人と同様、サンタ・カテリーナ・ダレッサンドリアはあまり存在したという証拠がなく、そのためどちらかというと伝説的な聖人と言われることもあります。

 最後に一つ。サンタ・カテリーナという聖人は2人いて、もう一方と区別を付けるために僕もずっと「ダレッサンドリア(d’Alessandria)」と表記しています。もうひとりは、Santa Caterina da Sienaです。サン・フランチェスコとともにイタリア全体の守護聖人にも指名されています。

 僕は普段は記事を手短にまとめることを心掛けています。しかし、聖人の紹介というテーマの下では、やむをえず長くなってしまいました。でも、この記事をきっかけに美術を鑑賞する際に聖人に興味を持つ人が増えてくれたら良いなと思います。今後も、時々聖人を紹介する記事を書いていくつもりです。

ケン

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